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煩悩に支配される我輩は常に慚愧する。

ええ歳したオッサンが、ご朱印集めに奔走するフワっとした感じの記録。

闘鶏神社

神社 神仏霊場

闘鶏神社

祭神 熊野三所神

公式HP 現時点では公式HPはありません。

霊場HP 神仏霊場会 公式ホームページ

説明文はウィキペディアなどから抜粋しています。情報が正確ではない可能性があります。ご容赦ください。

 

10月16日。

前日の熊野詣で&西国三十三所観音霊場第一番札所の参拝を終え、くたくたの身体を温泉でリフレッシュした我々は、帰路に向かう途中で和歌山南部の神仏霊場と西国霊場をまわるべく、意気揚々と出発したのであった。

まずは田辺市にある闘鶏神社だが、その前に腹ごしらえとお土産購入のために南紀白浜とれとれ市場へ立ち寄り、お腹と心を豊かにしてから向かった。

 

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鳥居。

 

f:id:reoponz:20161030212452j:plain入ってすぐの左側に手水舎。

 

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手水のつかいかたの説明が可愛らしい。

 

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手水舎を超えて進んでいくと、武蔵坊弁慶を祀る弁慶社がある。

 

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ボロボロで読みにくい。

 

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弁慶社から見て右側に、御神木の大楠がある。歯病治癒に効くとは珍しいのでは?

 

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御神木の右には籐巌神社。

 

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拝殿へと向かうと、拝殿の目の前に木にとまった鶏の像が。さすが闘鶏神社。

 

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拝殿前には狛犬。まっすぐ見るタイプ。

 

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拝殿。この奥に本殿がある。伊邪那美命を祀る。

 

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社殿は六社。それぞれの祭神は以下の通り。

西御殿  速玉之男命 事解之男神

本殿   伊邪那美命

上御殿  伊邪那岐命 天照皇大神 宇賀御魂命

中御殿  瓊々杵尊命 鵜草葺不合命 火々出見尊 天之忍穂耳命

下御殿  火産霊命 弥都波能売命 稚産霊命 埴山比売命

八百萬殿 手力男命 八百万神

 

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社殿の並びの横には玉置神社。

 

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その横には戎大黒二神。

 

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そのさらに横には弁天様もいらっしゃる。

 

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弁天様の前の木立の中に神馬?が。

 

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これは鳥居の前にある、馬場(現在は行事など危険な為中止。)にゆかりがあるのだろう。

 

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その神馬?の前に弁慶の像。ここ闘鶏神社は弁慶ゆかりだそうだが、どうゆかりなのかわからなかったので調べてみた。
 
允恭天皇8年(419年)9月、熊野権現(現在の熊野本宮大社)を勧請し、田辺宮と称したのに始まる。白河法皇の時代に熊野三所権現を勧請した。平安時代末期の熊野別当・湛快のときにさらに天照皇大神以下十一神を勧請して新熊野権現と称し、湛快の子の湛増が田辺別当となった。弁慶は湛増の子と伝えられ、その子孫を名乗る大福院から寄進された弁慶の産湯の釜が当社に残る。(ウィキペディアより抜粋。)
 
なるほどね。
 

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ご朱印。これは神仏霊場。普通の御朱印も同じだった。

 

さあ次は道成寺だ。