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煩悩に支配される我輩は常に慚愧する。

ええ歳したオッサンが、ご朱印集めに奔走するフワっとした感じの記録。

西国四十九薬師霊場 第三十九番札所 醍醐山 醍醐寺

 

 

西国四十九薬師霊場 

第三十九番札所 醍醐山 醍醐寺

公式HP 世界遺産 京都 醍醐寺

 

台風の二日後まだ天候が愚図つく中、西国三十三観音霊場屈指の難所と言われる上醍醐に挑む事にした。なんやかんやありつつ上醍醐入口にまでたどり着いたのだが・・・。

 ここまでの経緯はこちら

reoponz.hatenablog.com

f:id:reoponz:20160923222147j:plain 下醍醐金堂

下醍醐の金堂には薬師如来坐像が安置されている。お寺参りに行きつけてない私にはよくわからなかったのだが薬師霊場はここをお参りするだけでいいのか、それとも上醍醐をお参りするのか。下調べした時に上醍醐に国宝の薬師堂があることを知ったのでそちらもお参りする事にしたのだが・・・。誰かに聞けばいいものだと思うのだがまわりにはお寺をお参りしてる人はおらんし・・・。

とりあえず、新参者の私には下調べ必須だ。

 

前回の記事で上醍醐の入り口までたどり着いた。

f:id:reoponz:20160923222232j:plain 女人堂

さあ頑張るぞとこの時は意気込んでいた。

この時までは・・・。

f:id:reoponz:20160923222233j:plain 台風の後なので足場が悪い

ここからだいたい1時間くらい男の人で50分くらいで准胝堂跡などがある山頂まで登れると下醍醐で聞いていた。しかし私は大きな勘違いをここでしていたのである。

片道1時間を何をどう勘違いしたのか往復で1時間と思っていたのだ。

いくら山道とはいえ片道30分なら余裕やな。と鼻唄まじりに登りはじめたのである。

f:id:reoponz:20160923222235j:plain 余裕余裕

f:id:reoponz:20160923222236j:plainf:id:reoponz:20160923222238j:plain 太閤花見跡

太閤秀吉が花見をした跡。ここに至る道すがらいくつも茶屋を設けて花見を盛り上げたそうな。

 

f:id:reoponz:20160923222239j:plain こんな朽ちた木も転がってる。

f:id:reoponz:20160923222243j:plain 落ちたらやばいな。

f:id:reoponz:20160923222255j:plain ぜいはあ、ぜいはあ

このあたりでなんかおかしいと気づく。ゆっくりとはいえもう15分は歩いてきたのだが延々と感じるくらい上のような石の階段が続くのだ。

山道の途中に不動の滝があるはずなのだがその気配すらない。上醍醐入口でもらったチケットの簡易地図を見ると不動の滝はかなり下の方だ。

少しスピードアップして登るとやっと不動の瀧に到着した。

f:id:reoponz:20160923222303j:plain 不動の瀧

まずはお不動さんにお参りする。

回りを見ると屋根つきの休憩所とちょっとしたベンチのようなものがが少しある。休憩所には誰もいなかったがベンチには男性が二人休んでいた。山頂にお参りというよりハイキングで山歩きをされているようだ。勇気を出して山頂まであとどれくらいかかるか聞いてみると驚愕な答えが返ってきた。

 

「足場も悪いしあと1時間ぐらいかかるんちゃうかな」

 

な、なに~!まだまだやんか~!ここで自分が勘違いをしていた事に気が付いた。往復1時間ではなくて片道1時間。しかも早い人でだ。まずい。早く行かないと夕方までに戻ってこれない(この時点で午後1時)やばい。急がないと・・・。

お二人に礼を言い休憩もそこそこに上を目指すことにした。

 

ここから地獄がはじまった。足場が悪くすべって登りにくい。普通のスニーカーなので足が固定されずガタガタの山道では変な所に力が入ってしまい非常に歩きづらい。なのでかなり長い行程なのに写真が1枚しかない。くたくたで写真を撮るどころではないからだ。

f:id:reoponz:20160923222305j:plain 音羽魔王大権現だったかな?

一応お参りはしたがはっきり覚えていない。体力の無さを痛感。

f:id:reoponz:20160923222306j:plain やっと境内の看板が。

着いた~!と思ったらまだまだ途中やった。がっかり・・・。

f:id:reoponz:20160923222310j:plain 上醍醐寺務所

やっと寺務所入口に到着。不動の瀧から本当に1時間かかった。が、しかし、参道は左の道を進む。要するにまだまだ先があるという事。

f:id:reoponz:20160923222314j:plain 手水所

龍の手水所で手を清める。

f:id:reoponz:20160923222315j:plain 醍醐水

階段を上がると醍醐発祥の地である醍醐水が。

聖宝・理源大使が最初に隠遁した場所。大使が霊力によってこの泉を発見された。今でも飲むことができる。疲れた身体にすごくおいしかった。

f:id:reoponz:20160923222358j:plain 清瀧宮本殿

醍醐水の左の階段を上がると清瀧宮本殿と拝殿がある。残念ながら写真を撮り忘れてしまったのだが拝殿が国宝。室町時代の建物で寝殿造りの手法をいかした気品のある建築物。

f:id:reoponz:20160923222317j:plain 石碑

醍醐水の右の階段下の石碑には准胝観音の文字が。参道はこちらからかな?

f:id:reoponz:20160923222318j:plain 准胝堂跡

階段を上がると広い所にでた。ここが本来の西国三十三観音霊場の第十一番札所である、上醍醐 准胝堂跡である。2008年8月24日未明の落雷でご本尊も共に焼失してしまった。現在は下醍醐の観音堂にてご本尊の分身を安置し、そちらで納経、御朱印を受け付けている。

ここはもうほぼ何も無かった。再建の準備をしているとのことだが、こんな山の上だとものすごく大変だと思う。

 

と、ここまで上がってきてはじめて他の人たちと出会う。小学生低学年の女の子2人とその親の若いファミリーだ。この家族は関西弁ではなかったので観光客だと思うのだが、なんせ全員軽装で元気いっぱいに走り回っていた。こちらは疲れと足の痛さでぐったりしていたので、まるで妖怪をみる思いだった。

 

そして准胝堂跡の横からまた上を目指すことにする。

3分ほど歩くと薬師堂が見えてきた。

 

f:id:reoponz:20160923222320j:plain 薬師堂 国宝

約900年もの間この地に立っている。国宝。

本尊の薬師三尊(国宝)はここにはおられず保存管理の為平成13年より下醍醐霊宝館の平成館に還座されている。現在こちらには新しいご本尊として平成24年4月より薬師三尊が造顕され奉安されている。
さすがに900年もの間こちらに建っているので時代を感じるがとても綺麗なお堂でした。

 

f:id:reoponz:20160923222403j:plain 御朱印

下醍醐の観音堂にていただける。

 

30分で登れると勘違いして舐めてかかっていたが手痛いしっぺ返しを食らうことになった。しかもまだここは山頂ではない。

痛む足を引きずりながらまだまだ続く道を気力尽くして歩いていきます。

こちらに続きます。

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